25:街とこころの歴史探訪

 近ごろよく街歩きをしています。街歩きは流行っているらしく、本屋さんに行くと地図付きのガイドブックがいくつも売られ、それを片手にゆっくり歩いてみると、小さな歴史の痕跡にいろいろと出会うことができます。

 ビルや舗装された道路に覆われた都会では、もともとの土地の形が見えにくくなっています。でも例えば、たくさんの車が走っている大通りが実は江戸時代初期の都市計画で作られたものだと知ると、400年も昔の人々の考えの大胆さに驚かされると同時に時の流れの中で残ってきた重みに感動します。緩やかにカーブした小さな路地にかつては小川が流れていたことを知ると、狭くて使いにくいと思っていた道に、生命のようなものが感じられます。
 この道は、長い年月の歴史と理由をまとって、今ここにあるんだなあ、と。

 私はもともと歴史の勉強が嫌いでしたから、大人になってから歴史うんちくに面白さを感じるようになるなんて、まったくもって意外なことでした。今、中学生が「昔のことなんて知ってどうするの?これから生きてくのになんか役に立つの~!?」とボヤくのを聞いていると、ああ、わかるわかる、昔は私も全く同じだったなあ…と苦笑してしまいます。

 話は変わりますが、私が精神分析の勉強を始めた頃、ある先生に「歴史に興味のない人は、精神分析に向かない」という趣旨のことを言われたことがありました。その時は両者が結びつかず、自分の歴史嫌いがまたも勉強の足を引っぱるのかと思って少々落ち込んだ記憶があります。それから何年も経った今、先生が何を仰っていたかを実感できるようになりました。

 私が気づいたことは、精神分析的な視点はその人の歴史と理由を丁寧に読み込むことを通じて、人の心を色彩豊かに描き出し、今のその人の感情や行動の内にある思いや意味合いを知らしめてくれるということでした。私が歴史を知ったときに、小さな路地に生命感を感じたように、心の歴史に思いを至らせると、今の自分の心や振る舞いにも労りの気持ちや深い納得の気持ちが生まれます。その流れを感じるとき、自分自身への認識にも、いくらかの(時には、驚くほどの)変化をもたらしてくれることがあるようです。

 心理アセスメントの時、私は相談者の方にご自身の歴史―すなわち、生い立ちや歩んできた人生を語っていただいています。このような手法は精神分析的理解に基づいたカウンセリング・心理療法を行うセラピストに共通のことと思いますが、その方の「今」を知るために大切なプロセスです。
 「今起きている問題を悩んでいるのに、どうして過ぎたことを語らねばならないのか」「過去など関係なく、今から何をしたらよいのかを考えたほうがいいのではないのか」と言われることもありました。たしかに私も大抵のことは過去をあれこれ振り返るよりも「これから」を考えるほうが生産的だと思っています。しかし、時を重ねた人の心はまっさらではありません。ある土地に幾筋も水が流れた痕跡があるように、人の心にもその人が生きてきた人生の痕跡が残っているのを感じます。それらを知らずして闇雲に何らかの「解決策」や「考え方」などを上に積み重ねようとしても、そううまくはことが運ばないものだなあ…と実感しています。

 今のことを考えるのに、歴史をひもといてその由来を考えるのは手間のかかることです。今の時代には幾分スローな方法とも思えますが、私にはそれがとても性に合っているようです。

(H)
2012.04.01
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