38:サザエさん考 ―日本一愛される慌てん坊―

いやはや早いものでもう6月ですね! 年々、時間が過ぎるのが早くなっているような気がして、慌てます。
このコラムも、あっという間に順番が回ってきました。実を言いますと〆切りは過ぎています…
そして毎度のことながら、テーマも決まらないまま、とにかく書き出している状態です。面接同様、コラムでも自由連想方式を貫いております。

今まさに、わたしは慌てた感覚にこころをほぼ支配された状態のまま、パソコンの前から走り去りたい気持ちを何とか抑えてキーボードを叩いています。どうしよう、何を書こう…早く出さないと他のスタッフにも迷惑をかけてしまう、それはマズイ。そうだ。そわそわ落ち着かない感覚からひとつ連想が浮かんできました。

今回は、日本一愛され続けている慌てん坊について書くこととします。



彼女の名前は『サザエさん』。日本人ならおそらく知らない人はほぼいない、日曜夕方の人気者です。
サザエさんは、並外れたそそっかしさが特徴の20代半ばの主婦です。わたしの個人的見解では、サザエさんはADHD(注意欠陥多動性障害)を抱えています。

買い物の際にお財布を忘れるのは日常茶飯事、台所から魚をくわえ盗んだ猫を裸足のまま追いかける。猫から魚を奪い返してももはや食べられないと思うのですが、そんな後先のことは全く考えられていません。サザエさんのADHDぶりはアニメよりも原作マンガの方で存分に発揮されています。



そもそも、なぜサザエさん一家は彼女の実家で二世帯同居しているかご存じでしょうか?
それはある暴力事件が背景にありました。

夫婦がまだ二人だけで暮らしていたある冬のことです。暖をとるためにと、マスオさんはあろうことか借りていた家の木塀を剥がして燃料にしようとしました。そこを大家に見咎められ、後日立ち退きを求められたのです。その時、応対したサザエさんはカーッとなって、正当な要求をしてきただけの大家に暴力を振るって結構な怪我までさせてしまいました。そして、住むところがなくなった娘夫婦を、実家の波平・フネ夫婦が受けいれ、現在に至っています。

また、サザエさんは仕事が長続きせず、何度も転職しています。ある出版会社に勤務していた時には、大ファンだった菊池寛という作家が来社したことにのぼせてしまい、仕事を放り出してお菓子を買いに会社を飛び出しました。彼女は、大好きな菊池先生をもてなしたい一心で、自分が美味しいと思うお菓子を用意したかったのです。何とも可愛らしい行動ですが、会社にしてみるとたまったものではなかったでしょう。そのような行動が何度かあって、クビになったのも仕方のないことです。



こうした数々の衝動的な行動からも、彼女は注意欠陥多動性障害であると考えて差し支えないと思います。しかし、周囲は皆彼女に好意的であるし、彼女自身も基本的には他人に親切で明るくチャーミングな性格で、人間関係も社会生活も良好です。しばしば、発達の問題を露呈する行動がみられても、それはひとつの個性として「愉快なサザエさん(笑)」と肯定的に受容されています。


成人してなおこれだけ様々な粗相をやらかしているのですから、幼少の頃の彼女はさぞかし手を焼かせる子どもだったと推測されます。そんな彼女を両親は叱咤しながらも、あまり憎んだり疎んじたりせずに基本愛おしんで育ててきたようです。ご近所の住人たちや出入りの酒屋さんなど地域の人々も同様です。彼女の憎めなさは、憎まれるよりも愛されて育ったからなのでしょう。

親をはじめとした人々、環境が、彼女の注意欠如で多動な部分だけでなく、愛情深くて素直という部分も含め全体的な存在として彼女を包み込むうつわとなってきたのです。そして、フネを波平が、家族を地域が包み込むうつわとして互いに機能しています。

だからこそ彼女も自分の並外れたそそっかしさを受け容れ(そこには劣等感や恥ずかしさといった痛みも含まれているでしょうけれども)、「愉快」で済まされる程度にはコントロールもできるようになったのではないでしょうか。
また、そそっかしいとか集中力散漫だとか、あるいは空気が読めない、人が多いところや大きい音が苦手だとか、誰の中にも「発達障害」的な部分はあるものです。サザエさんの周りの人々は、「そういうものだ」と分かっていて、だから彼女を自然に受け容れているとも考えられます。



さて、アニメやマンガの中では、彼女をとりまく人たちの苦悩も、彼女自身のこころの痛みも描かれてはいません。小さな子どもも一緒に楽しめる娯楽として、人間のこころの汚い部分や暗い部分は裏側に隠されなくてはならなかったのかもしれません。でも、母親のフネはもしかしたら、「こんな落ち着きのない娘は嫌だ」と彼女を憎く思ったこともあるのではないでしょうか。または、「こういう風に産んでしまった自分の責任だ」と罪悪感を抱いたこともあるやもしれません。そのような思いを波平と分かち合い、共有しながら何とかこころに収めてきたのかな…などと想像したりしました。あの暗さのない世界は、暗さや汚い部分を排除して作り上げたのではなく、語られはしないけれども苦悩を抱えて収めてきた世界なのかもしれません。
発達障害の方に限らず、ひとは表に見える部分の裏にその人なりの苦悩や痛み、あるいは痛みの過去を持っているものですから。


最後に。先日久々に見たテレビの中のサザエさんは随分落ち着いた主婦でした。もう、若かりし頃の衝動的な部分はなりを潜めていて、こちらとしては少し残念なくらいです。だけどきっとサザエさん自身は、今の自分に安心して暮らしているのでしょうね。それはやはり喜ばしくも感じます。



― 次回のコラムは慌てないですむよう、〆切りには間に合わせることをこころの中で誓いつつ ―

(O2)
2013.06.05
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