03:人は変わるのか?
心理療法やカウンセリングを受けにくる方は、心のどこかで「自分を変えたい」という希望や願望をもっていることが多いものです。ここでは、一つの例をご紹介しましょう。
ある30代ビジネスマンの男性は、仕事に行き詰まりを感じていました。その原因として自身の性格にも問題があると考え、一大決心をして心理療法を受けることにしました。面接が始まると、仕事や家族、自分の行動や考えについて、カウンセラーと様々な話をしました。その過程では驚くような発見や、自身への気づきを得ることもありました。そして次第に「これを続けていれば、俺は変われるのではないか」という期待を抱き始めました。ところがこうして数年が過ぎた頃、信じられないことに、職場で心理療法を受ける前と全く同じような失敗をしてしまったのです。その時の絶望的な気持ちを、彼はカウンセラーの前で語りました。
「カウンセリングを通して、自分は多少なりとも変化したと思っていたんです。でも以前と同じような間違いを犯してしまって・・・。人って、そんなに簡単に変われるものではないのかもしれませんね。」いっそのこと、面接をやめてしまおうかと彼は考えました。しかしカウンセラーと話す時間がとても大切に思えたので、もうしばらくは続けることにしました。
「自分は変わらないのだ」と思うと彼は悲しい気持ちになりましたが、同時にどこか楽になるのも感じていました。いつからか「人生あんまり必死になっても、そんなに上手くいかないのかなぁ・・・」と思い巡らすようになっていました。そのうち「小さなことにこだわっていても仕方がない」と考えるようになっていったのです。
周囲の人々はそんな彼を見て「最近どこか変わりましたよね」「昔はすぐ怒っていたのに、優しくなった」「なんだか前と違って、ゆったりした雰囲気がある」などと口々に言い始めました。彼は不思議な気分でした。「自分は変わらないと気づいたばかりなのに・・・?」
人は自分自身の限界に気づいた時、多かれ少なかれ絶望を味わうものです。けれどもその現実を受け止め、そこに向き合い続けた時、絶望という大地に小さな希望の芽が生まれてくるようです。その芽は本人も気づかないところで小さな葉を広げ、やがて成長し、時には花を咲かせることもあるのです。
人は容易に変わる存在ではない、という人もいます。しかしながら、限界を受け入れつつも根気よく自分との対話を続けていくと、そこにその人の新しい自己が再生されてくるという展開を、これまで何度も目の当たりにしてきました。心理療法やカウンセリングは、その再生のお手伝いをする作業と言ってよいかもしれません。「人は変わらないけれど変わる」というのが、己と向き合う多くの人々の姿から学び得た、私の実感なのです。
注)この症例は、掲載についてご本人の承諾を得た上で、個人が特定できないように設定を変えてあります。
(松井)
2010.08.02