22:心の傷が治る時
心の治療は、怪我の手当のように治る過程を外から見ることができません。セラピーを受けにくる人の多くは、心に傷や痛みを抱え悩み苦しんでいます。けれどその傷もまた、表から見えるものではありません。
セラピーが始まると、私たちセラピストは「あなたの苦しみの原因はこういうことのようだ」「あなたの悩みの背景にはこんな問題が隠れているかも」などの理解や見立てを、相談に来た人に伝えます。でもそれが本当にそうなのか、取り出して確かめてみることはできないのです。
話し合いを続けていくと、その人自身もセラピストの意見に納得することが増えていきます。この頃からセラピストとその人は力を合わせ、より深い心の世界に入っていきます。とはいえ、人の心は複雑であり未知で予測不可能です。目に見える確かなものが何一つない中で、どうやって治療していくのでしょうか?
心の治療過程では、怒りや悲しみなどの情緒を解放し、自分の知らない面に気づくなど、それまでの日常とは異なる出来事が生じます。こうした現象が繰り返される中、徐々に変化が起きることがあります。また時にはその人の心全体が、突然大きく組み換えられるような変化が起きることもあります。これは極めて劇的な体験です。
この時重要な鍵となるのが、セラピストとその人の心の交流です。二人の心は互いに影響を与え合い、様々な反応を引き起こします。セラピストの存在する意味はそこにあります。その人がひとりで悩み考えている時にはなかなか起こりにくい変化を促すのが、私たちセラピストの役割です。
セラピストは気ままに意見や感想を述べる無責任な他者ではなく、相手の心にぴたりと寄り添い、その動きにしっかりとついていこうとする特殊な存在です。セラピストの心は自分を離れ、その人の色に染まり、影のように後を追うのです。ところが何かのきっかけでセラピストの心がそこから外れ、異なる動きを始めることがあります。これは単なる逸脱ではなく、とても重要な局面です。
この動きに沿って、その場にはセラピストとその人のやり取りを上から見下ろす「もう一つの視線」が生まれます。これは「二人の様子を観察しているもうひとつの目」と言ってよいかもしれません。セラピストはこの視線に取って代わり、「今この場で起きていること」を伝えます。それを聞いたその人は、自分と外の世界との関係を見つめ直し、「あぁそうなんだ」と実感します。こうして自分という存在を、その人自身もまた上から見渡すことができるようになるのです。
これは治療のひとこまですが、セラピーではこうした独特な感覚を伴う体験がしばしば生まれます。そしてこの積み重ねが、人の心をゆっくりと変えていきます。これを理屈で説明するのは難しいものですが、一度でもそうした体験をもった人は、この不思議な出来事の存在を認めざるを得なくなります。セラピーは人の心を変化させ、その傷をじっくりと修復していきます。心の傷が治る時、想像を超えた不思議な体験が私たちに訪れるのです。
(松井)
2012.01.07