48:「嘘」についての覚え書き少々-エイプリルフールにちなんで

いやはや、この冬は本当に寒かったですね。都心でも雪が積もったり、厳しい冬でした。

今や桜も満開、まさに春本番。お天道さまの下でぽかぽか気分でのんびりお花見なぞしたいところです。

…でも、その前にコラムを書いてしまわなければ。

桜の花ではなくパソコンの画面をぼんやり眺めながら、さて何を書こうかと頭を抱えております…春というのは切ないものです。

さて、この原稿がもし間に合えば4月1日にアップされる予定です。

そうです“エイプリルフール”の日ですね。この日は罪のない嘘をついても良い日とされ、多くの国で他愛もない嘘が楽しまれています。

皆さんはこの風習の由来をご存じでしょうか?諸説ある中で最も有力な説とされているのが「嘘の新年」事件です。

16世紀のフランスで、当時の国王が1月1日を新年とする新しい暦を採用しました。当時のヨーロッパでは3月25日が新年とされ、4月1日までお祝い週間でした。国王に反発した人々は4月1日に「嘘の新年」として馬鹿騒ぎしました。怒った国王はそれらの人々を何と処刑してしまいます。その後、処刑への抗議と追悼として4月1日を「嘘の新年」として盛大に祝うようになった、というのがエイプリルフールの由来だそうです。

現在のエイプリルフールは、冗談としてお互いに嘘だと分かっていることを前提に嘘を楽しむ日です。TPOをわきまえないと、冗談のつもりでも誰かを傷つけたり怒らせたりしてしまいかねません。場の空気や相手の心情にも気配りしてこそ、コミュニケーションとして楽しめる嘘になるのでしょう。

と、つらつら書いてきたところで、嘘にまつわる物語がひとつ浮かんできました。

イソップ寓話の『おおかみ少年( The Boy Who Cried Wolf )』です。読んだことがある方がほとんどでしょうが、簡単にお話を要約します。

羊飼いの少年は羊の番に明け暮れる毎日にうんざりしていました。ある日退屈しのぎに「狼が来た!」と叫ぶと、町の人々は大慌てしながら鍬や鎌などを手に駆けつけました。その様が面白くなった少年は「狼が来た!」と嘘を繰り返します。そのたびに町の人々は同じように駆けつけました。とうとう本当に狼が来た時には、もう誰も彼の言葉を信じませんでした。そして、少年の羊は一匹残らず狼に食べられてしまいました。

このお話は、嘘は身を滅ぼすという教訓として語られて来ました。さもありなん、ですね。

でも、少年はなぜそんな嘘を繰り返しついたのでしょうか?そのこころの背景の方が私は気になります。お話の中には彼の家族構成や家庭環境についての説明はありません。駆けつけるのは家族ではなく、町の人々です。まだ子どもですから一人で生計を立て暮らしていたとは考えにくい。家族は日中働きに出ているのか、あるいは病気で寝込んでいるなど何かやむを得ない事情がある可能性もありますが、いずれにせよ養育者的な存在が不在の中で嘘をついているようです。

来る日も来る日も、気持ちも言葉も通わない羊の群れの中でひとりぼっち…退屈というより孤独と心細い思いで一杯一杯だったかもしれません。また、この孤独な生活がいつまで続くのか、そんな不安もあったかもしれません。そんな風に想像していくと、身を守るために群れる無力で臆病な羊は、不安に怯え、庇護を願い求めている彼のこころの部分を象徴していると考えられます。そして狼は、無力さを暴いて彼のこころを脅かしてくる恐怖そのものの象徴なのでしょう。狼が羊たちを食い尽くしてしまうのは、庇護や依存を求めている彼を放置する養育者に対する怒りの激しさが表されてもいます。

町の人たちが駆けつける光景を目にした瞬間、彼はおそらく安堵したことでしょう。しかしそれは、彼がこころの裡から排除していたもろもろの情緒や葛藤、不安を認識させられる危機的な感覚でもありました。もはや、助けに来てくれた人たちも脅威と恐怖をもたらす狼のような対象になっていました。だからこそ彼は、不安を再びこころからすっかりなくしてしまうために、嘘に騙された皆を嘲り笑ったのです。そうして、本当には助けを必要としている子どもとしての彼が見出される可能性は失われてしまいました…とても哀しい嘘です。

このように、嘘は真実を覆い隠したり遠ざけたりしますが,一方でより深い真実を伝えてくれるものとも言えましょう。

『おおかみ少年』の話では、嘘は、一時的にせよ願望を叶える側面や、不安から自分のこころを守る手立てとしての側面、また、ありのままの自分を見せられず偽らざるを得ない関係性のありようといった側面を併せもっていることが分かります。

「本当は嘘である」という真実とともに扱われる時、嘘は理解される必要のある真実を見出す媒体にもなり得る可能性を持ち始めるのです。

(O2)

引用:『おおかみ少年』 タウンゼント版イソップ寓話集 日本語訳

挿絵:ミロ・ウィンター

2014.04.01