05:いたいのいたいのとんでいけー! ~日常の風景から~

A子の場合

残業帰りのやっと座れた電車内、ふと前を見ると、学生らしき若い女性たちが熱心に携帯電話をいじりながらおしゃべりしています。A子(30歳)は「学生は呑気でいいなあ、まったく」と苦々しく感じます。そして、その隣には目を閉じているサラリーマン風のおじさん。「きっと仕事で疲れているのだろう、気の毒に」とさっきの女性たちのおしゃべりが彼を起こすことのないようにとそっと願います。

B子の場合

B子(32歳)は、仲良かった同僚に最近苦手意識を感じるようになりました。きっかけは相手が発した何気ない一言です。その時に「こういうことを言う人は苦手だな」と一瞬感じたのですが、その場は聞き流していました。しかし、それからというもの相手の嫌なところばかりが目につき、これまで通り付き合うことができず、よそよそしい態度になっていきました。苦手だなという気持ちは相手にも伝染するのでしょうか。次第に、その同僚も自分のことを嫌がっているに違いないと感じられます。むしろ、相手が自分を嫌っているから私も嫌いなんだと悪循環。こうなると、以前はなんとも思わなかったふとした相手の仕草すらも気に触ってイライラしてしまいます。最近ではお互い避けているのか話す機会もめっきり減って、挨拶すらもぎこちなくなってしまいました。

さて、こういうとき、私たちの“こころ”はどうはたらいているのでしょか?

人には、その人の心の中にある気持ちの一部を外に投げ出すというはたらきがあります。わかりやすい例として、子どもの頃にけがをした時、「いたいのいたいのとんでいけ~」と言われた時のことを思い出してみてください。これは、まさに、痛いという不快な気持ちをどこかに飛んでいかせて痛みを忘れようとすることを表しているのですが、大人の普段のこころの中でも似たようなことが起こっています。こころの中に生まれてくる不快感や嫌だなと思う気持ちが強くなるにしたがって、自分では持ちこたえられないと自分の外にとんでいけー!をして投げ出し、それは外の世界のものとして体験されるのです。その時、自分の中の嫌な気持ちは少し和らげられています。これは専門用語では「投影」と言われるこころのメカニズムです。

A子の場合、A子自身の仕事で疲れてイライラしている気持ちが投げ出され、おしゃべりで元気な女子学生が苦々しく映るようです。一方、彼女の疲れがサラリーマンへと投げ出され、疲れてかわいそうな人と映っているようです。このようにA子の2つの気持ちが色濃く学生やサラリーマンに映し出されています。これが、休日の遊びに行く電車であれば、全く違って映るのではないでしょうか。

一方、B子を見てみましょう。苦手だなと思った気持ちは彼女の心の中で持ちこたえられず、同僚に映し出されます。そして、B子からは離れて、あたかも相手がもともと持っている気持ちのように感じるのです。このように、投げ出された気持ちの受け取り手がいると、そこにその相手との関係(コミュニケーション)が生まれます。この場合、ネガティブなコミュニケーションが起こってしまったようです。B子は自分が嫌われていると(自分が嫌っているはずなのに)感じ、二人の関係は次第にぎくしゃくしてしまいました。

このように相手に映し出されている気持ちを見つめてみると、自分の心の状態を知ることもできそうです。女子学生や同僚が悪いだけではなく、A子さんやB子さん自身の疲れやゆとりのなさ、あるいは感情の反映なのかもしれません。

もちろん、日常の中では嫌な気持ちに限らず、温かい気持ちや、相手を愛おしく思う気持ちなども相手に映し出されます。相手を好きになったり、素晴らしく見えたりする恋愛にもこのこころのはたらきが一部関係していそうでしょう。恋愛の話はまたの機会に。

(K)

2010.10.01